

モーリス・ヴェッセル
シャンパーニュ地方
-
-
シャンパーニュの最高級、特級畑であるグラン・クリュのみを造る
ラベルに小さく明記されたBouzyという文字。ブージィ村の名を見たらそれは機械的にグランクリュ(特級畑)である事が約束される。そのブージィで代々素晴らしいシャンパーニュを造り続け、ヨーロッパ中の名門レストランに使用され続けている生産者がこの、モーリス・ヴェッセル。今の当主は兄弟で運営している。ミネラルがビシッと骨格にあり、ピノ・ノワール主体で造られる味わいはボリュームがあり、まさにグルメのためのシャンパーニュ。
FEATURE 特徴
-
-
グラン・クリュに指定されたブジィ村
モンターニュ・ド・ランスは、ランス市とエペルネーの町を結ぶようにして円弧を描いた南東の斜面に広がる、素晴らしいワインを生む栽培地。この地の南部、モンターニュ・ド・ランスを代表するブジィの村に、モーリス・ヴェッセルはある。1955年創業。ヴェッセル家は5代続くvigneron。ブジィの村はGRAND CRUに指定され、このランスの山々の南側斜面に、葡萄の熟成に最適な9haの畑を所有。Mauriceさんが目を隅々まで光らせ、兄弟のDidierとThierryがこの蔵元を率いる。
FEATURE 特徴
-
老舗ドメーヌ
1955年創業。ヴェッセル家は5代続くvigneron。ブジィの村はGRAND CRUに指定され、このランスの山々の南側斜面に、葡萄の熟成に最適な9haの畑を所有。Mauriceさんが目を隅々まで光らせ、兄弟のDidierとThierryがこの蔵元を率いる。 -
職人の『心』
「私たちは職人です。冬でも毎日必ず畑に足を運び、状態を確認し、常に頭はそのことでいっぱいです。こんなことをしている最後の人間といえるでしょう。長い間、私たちは無能な時代遅れの人間だと揶揄されてきました。
それは考え抜かれた栽培方法が語られるようになる以前の話です。今日では、私達の行うことがもっとも前衛的とされるようになったのです。私たちは畑において、何が葡萄にとって良いのか、とことん考え実践します。冬の時期は畑の土をおこすのですが、きちんとやっているところは少ない(3%未満)ですね。」 -
テロワールの表現
“伝統”がこのRMの語る言葉の通りであるとしても、この村の教会に隣接する酒蔵は、近代的手法を排除しているわけではない。「私たちは1960年から1970年にかけて多くの投資を行いました。それは完璧な醸造を行うためです。すべてはその土地、その年の特徴をいかに引き出し、どうヴェッセルとして表現するのか。」シャンパーニュにおいて、ヴェッセル家の名は知れ渡っており、多くの受賞歴、専門家の評価は高く、そのため彼らの造りは非常に“贅沢”である。 -
最低5年熟成
カーヴで最低5年寝かせている間も、フレッシュさとフィネスを保つために、マロラクティック醗酵はけっして行なわない。NVでもミレジムでも、熟成感があり、コクのある重厚なシャンパーニュを楽しんでもらいたい。パリジャンでも地元の人間でも、白亜質の土壌で長期間フィネスを持続する、これほどのシャンパーニュにはそうはお目にかかれない。地下4階がヴィンテージ物を寝かせるみごとなレクイエールのプライベート・セラー。
Gallery ギャラリー
-
地下に広がる石灰岩質土壌のカーヴ
シャンパーニュを造り出すのに必須である地下カーブ。シャンパーニュ地方は建築石材の産地であった為、中世の時代より石材が採掘され地面の下はアリの巣のようにトンネルだらけ。
そのトンネルのような場所にワインを保管した事がシャンパーニュが生まれたきっかけの1つにもなったのだから、物が生み出されるきっかけとは不思議。モーリス・ヴェッセルには地下4階まで伸びるカーヴがある。長い長い間の期間、熟成する事ができるカーヴを所有するレコルタン・マニュピュラン(自家ブドウ100%)の生産者もそうそう無い。 -
レオナール・フジタ聖堂
日本人としてフランスに帰化し、フランスにとっても世界的にも素晴らしい財産となり名を馳せた名画家レオナール・フジタが眠る聖堂。シャンパーニュ地方の中心都市ランスにひっそりと佇む小さな聖堂だが、内部はフジタが描いた壁画が残る。甘美なる泡の出るワインと芸術家は切ってもきれない。 -
世界遺産 天使の微笑み
シャンパーニュ地方の中心都市ランスには教会がたくさんあるが、一番有名と言っても良いのは世界遺産にもなっているランスの大聖堂。ジャンヌ・ダルクがフランスをイギリスから奪回した逸話でも有名。そのランスの大聖堂の壁面にひっそりとある彫像が世界遺産。なんとも言えない微笑みが歴代の王たちの欲望や人間の憎悪などを吹き飛ばすかのように、聖なる高貴な、それでいて穏やかな微笑みで包み込む。シャンパーニュの泡のように。。。 -
教会とフランス王室、そしてシャンパーニュの発展
シャンパーニュが生み出された歴史には多大なる生産者たちの努力と尽力があってこそ。しかしながら、その発展を支えたのはこの地方が王室と教会の力が強大に影響する場所であったからこそ。泡の出るワインの製法が発見され、発展し、現在におけるまで続く裏には時の権力が集まる場所であったことも無視はできない。ワインの発展発達の裏には、必ずと言って良いほど教会や宗教的な歴史事項が存在する。思いを馳せながら味わって。。